ここにあるー記憶と忘却、または表裏
本展でプロダクション・ゾミアが紹介するアーティストたちは、過去を探求し、現在へとつながるもう一つの道を示したり、見慣れた物事に複数の視点を与えることで、当たり前だと思っている認識に揺さぶりをかけます。それは現在における正しさや価値を覆すことではなく、個人の感性によって別の世界を作る方法であると考えます。
複雑な世界を生きることは決して容易ではありません。複雑さをありのまま受け入れ、多様な価値観としての個人の思いや眼差しで世界の豊かさを築くことも、私たちの想像力がなせる技でしょう。
キム・ジェミニは、近年アジアの国々における植民地以後の産業としての機械工場との貿易についてリサーチを重ね、作品を制作しています。本展では、現在の西成公園がある場所にかつて存在した大日本紡績株式会社に注目し、当時の街並みやそこで働いていた人々が見ていたであろう景色や息遣いを鑑賞者に想起させます。
《インビジブル・ファクトリー・ラン・プロジェクト - レーヨン工場ラン》 2023年
アーカイブ、シングルチャンネルビデオ(12分30秒)
Commissioned by Asia Culture Center. Courtesy of the artist.
常木は、日常の見慣れたモノの持つ役割を引き剥がし、再構築する事で異なるイメージを呼び起こします。それはフィジカルに物事を計測し、自身がまだ見ぬ風景を探求しているようでもあります。常木の生み出す有機的でありながらも人の手垢やぬくもりのような感情が排されたモノたちは、強弱や明暗のような二元論では括り得ない多様な視点を提示します。
《送電線》 2021年
ジェズモナイト、LEDライト、ホース、電気、タイル、板、138 x 66 x 48 cm
※参考作品
マウンデイは、《疑いの象徴》をベトナムのホーチミン市でのアーティストインレジデンスに際して制作しました。モニュメントとは、一般的に歴史や宗教、政治的思想等を背景に過去に起きた出来事を残すべく制作されます。作品の中で映される扉は、開発の進む都市を舞台に留まることなく移動します。1人の人間に支えられた扉は、あまりにも弱々しく映りますが、プロパガンダと権力の象徴としてのモニュメントと対比することで、受動的に受け入れている過去や価値観についての疑問を投げかけます。
《疑いの象徴》 2018年
シングルチャンネルビデオ(9分17秒)
Courtesy of the artist, Collection of Aura Contemporary Art Foundation
モーミャメイザーチーは、映像作家、ミュージシャン等として活動するミャンマー出身の新世代アーティストです。本展出品作《スプラッシュ》は、デジタル編集などを使用せず、古い16mmフィルムを直接コラージュして作られ、中には高度経済成長期の日本と思われる映像も含まれています。遺棄された過去のイメージたちがつなぎ合わされ、鮮やかな色彩と速いリズムとともに新しいイメージが生み出されます。忘却と記憶、消失と生成の循環の中に何を見ることができるのでしょうか。
《スプラッシュ》 2015年
シングルチャンネルビデオ(1分41秒)
Courtesy of the artists, Collection of Aura Contemporary Art Foundation
古い街並みやモノを見て、郷愁や懐かしさを感じることがあります。それらは個人の記憶に基づくほかに、映像や写真、記述や伝承など、これまでに見聞きした知識や情報から喚起され、また時にはデジャブのように未体験の出来事が実体験のような錯覚として受け取ることもあるでしょう。
「勝者が歴史をつくる」という言葉にあるように、今私たちが知ることのできる過去は、時の権力者やマジョリティ、歴史を残す権力・技術を持った誰かによって記された出来事がほとんどです。また、モノの持つ価値や意味も時に変化しますが、それらは常に大きな一つの方向を示してきました。しかし、その背後には無数の残されなかった記憶や物語が存在しています。そして私たちの現在もまた、その無数の過去の一つになっていくでしょう。
「祝祭」に向けた大きな変化の中にあるこの大阪で、今を生きる私たちが何を残し得るのか。過去となる現在にどのように向かい合うことができるのか。アーティストたちが過去や見過ごしてきたものの中から見出した世界は、その手がかりを示唆するのではないでしょうか。